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大阪地方裁判所 昭和33年(ヨ)2764号 判決 1960年5月30日

申請人 アドレスグラフ・マルテイグラフ・コーポレイシヨン

右代表者代表取締役 ジエイ・ピー・ウオード

右訴訟代理人弁護士 エルマー・イー・ウエルテイ

同 笠利進

被申請人 株式会社浜田印刷機製造所

右代表者代表取締役 安藤哲信

右訴訟代理人弁護士 中尾良一

主文

本件申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、申請人が、アメリカ合衆国デラウエア州法に準拠して設立され、事務用機器の製造販売に従事する米国会社で、現に事務用オフセツト印刷機マルテイグラフ・モデル一二五〇型(以下マルテイグラフという)を製造販売している事実は、被申請人において明らかに争わず、被申請人が各種印刷機の製造販売に従事する株式会社で、現にフアーストプリンターという商品名のもとに事務用オフセツト印刷機を製造販売していることは、当事者間に争いがない。

二、旧来の事務用オフセツト印刷機が、垂直式といわれ印刷機構の中心となる版、ブランケツト、インプレツシヤーの三つのシリンダーが、大体垂直に上下に接しこれに給紙装置が直結しているのに対し、申請人の製造販売するマルテイグラフが、水平式、約一二〇度の角度を保ち、この印刷機構と給紙装置との間に水平式の送紙ボードが連結し、この機構上の特徴から、マルテイグラフは他の事務用オフセツト印刷機と比較し、横に長い拡がりを有する外観を呈し、その形態が申請の趣旨(1)記載のようなものであることは、被申請人の明らかに争わないところである。

三、申請人は、被申請人において申請の趣旨(1)記載のような形態を有するフアーストプリンター(以下旧型フアーストプリンターという)の製造ならびに販売をしていると主張し、被申請人は右旧型フアーストプリンターを昭和二七年一〇月から同三三年頃まで製造販売していたが、同年一二月からその製造を中止し、現在製造ならびに販売をしていないと争うので、先ずこの点について判断する。

成立に争いのない甲五、七、八号証ならびに証人垣内成雄(第一回)、同大串近四郎、同出口喜の各証言ならびに被申請会社代表者安藤哲信本人の尋問の結果を総合するとつぎの事実が認められる。被申請人は、昭和二七年申請人の製造販売にかかるマルテイグラフが、通商産業省において輸入抑制の国策的見地から輸入の制限をされていることを当時の申請人の日本における販売代理店丸日商会を通じて聞き知り、マルテイグラフを分解検討した結果技術的に国内における製作が可能であり、これについて工業所有権の登録がないことを確知したうえ、同年一〇月頃マルテイグラフと同様な機構、形態を有する事務用オフセツト印刷機の製造を開始し、これにポニー・グラフという商品名をつけて、当時申請人との間の販売代理店契約を解消していた右丸日商会を通じてその販売をするにいたつた。その後、昭和三二年五月頃、東京第一商事株式会社が被申請人製造の右事務用オフセツト印刷機の販売を行うようになるとともに、その名称をフアーストプリンターと変えるにいたつた。成立に争いのない乙八号証、被申請人がその主張日時に撮影した印刷機の写真であることに争いのない検乙二号証ならびに、証人垣内成雄(第二回)の証言ならびに、被申請会社代表者安藤哲信本人の尋問の結果によると、被申請人においては申請の趣旨(2)記載のような形態を有するフアーストプリンター(以下新型フアーストプリンターという)の製造を昭和三三年一二月頃から開始し、それとともに旧型フアーストプリンターの製造を同三四年八月中止し、現在での製造ならびに販売をしておらず、将来その製造を再開する意図もなければ、販売すべき在庫品もないことが認められ、他に右の認定を覆すに足りる資料はない。してみれば、その製造ならびに販売をしていることを前提として、被申請人に対し、申請の趣旨(1)記載のような形態を有するフアーストプリンターの製造ならびに販売の差止めを求める部分は、申請人のその他の主張について判断を加えるまでもなくその理由がないものといわなければならない。

四、ついで、申請人の被申請人に対する申請の趣旨(2)記載のような事務用オフセツト印刷機に関する申請の当否について判断する。

被申請人が申請の趣旨(2)記載のような形態を有するフアーストプリンターという名称の事務用オフセツト印刷機の製造ならびに販売をしている事実、右新型フアーストプリンターが、旧型フアーストプリンターの改良型として、申請人の製造販売しているマルテイグラフに比較し、横に長く、高さが低く、外観上やや角型の矩形箱状となつたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙八号証、証人田口嘉の証言により真正に成立したと認められる甲二号証、申請人において、被申請人の撮影にかかる写真であることに争いのない検乙二号証に、被申請会社代表者安藤哲信本人尋問の結果によれば、新型フアーストプリンターは、前記の点以外に、マルテイグラフの形態と比較し、照明装置のランプカバーが改造され、外装の前側面上下のクローム帯板が除かれ、ネーム・プレードが丸型となつて前側につけられ、外装の色彩が異なる等の点の外では、機構の点では同一で、形態においてもマルテイグラフと似ていることが認められる。

五、申請人は、不正競争防止法一条一号にいう表示には商品の形態自体も含まれると主張するので、まずこの点について考える。

不正競争防止法(以下本法と称す)一条一号は、不正競争行為の対象を「広ク認識セラルル他人ノ氏名、商号、商標、商品ノ容器、包装其ノ他他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」と規定しており、商品自体の形態がここにいう氏名、商号、商標ないし商品の容器、包装にあたらないことはその文言上明らかである。そこで、商品の形態が、同号のその他他人の商品であることを示す表示に該当するか否かについて考えるに、元来商品がその流通世界で特定人の商品として、他人の商品と識別されるためには、商品自体の形態とは別個に、それが特定人の商品であることを示す標識が付加されここに始めて特定人の商品としての表示があつたというべきで、その商品の形態が特異でこれが広く知られているからといつて直ちにその形態を以て特定人の商品であることを示す表示ということはできない。

けだし、形態本来の使命、目的は他に存し、それが実用性を中心とした新規な型の工業的考案であれば実用新案権の、またそれが審美性、趣味性の観点よりして新規な意匠的型の工業的考案であれば意匠権の各対象となるは格別、流通過程において、特定人の商品を他の商品と識別し、その商品の出所が特定人であることを表示するといつたような機能は、本来的には有していないからである。

もつともある形態が……それが特異な形態である場合が多いであろうが……長期間継続して一定の商品に排他的に使用されてきた結果、取引上その形態によつてただちに商品の見分けがつき、その出所が分るような程度になれば、右形態を以て前記「他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」に該当するものと解される余地はあるが、一般的には、形態は自他の商品の識別を本来の目的とするものでないから、特異な形態であつても、それがただちに特定人の商品であることを示しているものとはいえないのである。そのうえ、本件のように、商品の形態自体が、商品の価値を決定する装飾用ないし嗜好的商品と異なり、事務用機能および機械的性能が、商品の価値を決定すべき事務用オフセツト印刷機の場合にあつては、商品の特異な形態自体が取引上顧客の関心をひく度合は少いものといえるし、現にまた申請人主張の形態も、その意匠的効果を狙つたというよりは、むしろ事務的機能および機械的性能の向上に重点をおき、機構を従来の垂直式のものからコンベアーによる水平式のものに改めた結果に由来するのが、その大半であつて、取引上も、その実用性、有用性に顧客の関心が集められていることは、第三者の作成にかかり、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲一〇号証、同二二、二三、二五、二六号証および証人田口嘉の証言、その他弁論の全趣旨から窺われるのであるから、これに対する保護は、実用新案権等の工業所有権の領域に属し、本法の範囲外にあるものというべきである。

ただ、前にも一言触れたように、申請人主張の形態が継続使用された結果、その形態自体が、申請人の商品であることを表示する標識力をもつに至つたかどうかが問題であるが、第三者の作成にかかり弁論の全趣旨に徴し真正に成立したものと認められる甲九号証によると、申請人の製造販売するマルテイグラフは、昭和二六年一二月丸日商会の手で二台米国から輸入されたのが、わが国に現われた最初であつて、証人田口嘉の証言および同証言によつて成立を認めうる甲一一号証によつて明らかな如く、従来の事務用オフセツト印刷機が垂直式といわれ、背高い直立的な形状をなしていたのに対し、マルテイグラフは、前認定のように、横に長い箱型の上に印刷機構の一部が斜に突き出ていて、在来のものとは異つた形態をもつているのであるが、昭和二七年一〇月には早くも被申請人の手で、マルテイグラフと同一機構、形態の印刷機ポニーグラフが、製造販売され出したことは、前認定のとおりでありこれに対し、申請人より抗議を申入れたこともなくかえつて、申請人において被申請人との提携を企図し被申請人工場を視察したこともあつた位であり、また東京で開催された展示会には、双方の製造が出品されたりして、両者競業の状態を続けてきたものであることは、成立に争のない乙五号証、第三者の作成にかかり弁論の全趣旨に徴し真正に成立したものと認められる甲三二号証、証人垣内成雄(一回)、大串近四郎、中野和雄の各証言によつて疎明せられ、さらに最近に至つては、英国製のゲステリスと称する事務用オフセツト印刷機が出現し、同印刷機も、申請人の製品と同様水平式で、横に長い箱型をなし、その外観は、申請人の製品に似ていることが、成立に争のない乙七号証証人高橋察夫、波多野元武の各証言によつて疎明でき、右の事実に、後記認定の、マルテイグラフおよびフアーストプリンターの販売方法を考慮に入れるとき、マルテイグラフにおける申請人主張の形態が、必ずしも申請人によつて継続して、排他的、独占的に使用されきたつたものとはいえないのであつて、申請人主張の形態が、その商品市場において申請人の商品であることを了知するような段階にあるものとは断じ離い。従つて、申請人主張の形態自体が、本法にいわゆる「他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」に該当するものとする申請人の主張は、とうてい採用の余地なきものといわなければならない。

六、本件にあつては、商品の形態の同一または類似によつて、商品の混同を生じさせるおそれもないから、申請人の申請はこの点からも失当というべきである。

不正競争行為が成立するためには、単に他人の商品であることを示す表示と同一または、類似のものの使用、販売のみでは足りず、これによつて取引上混同のおそれが生じるにいたらなければならない。成立に争いのない甲一六号証ないし二〇号証、および同三〇号証、証人田口嘉の証言により真正に成立したと認められる甲一三号証、同二七号証ないし二九号証、および同三一号証、証人波多野元武の証言によつて真正に成立したと認められる甲一二号証に、証人中野和雄、同田口嘉、同波多野元武の各証言によれば、マルテイグラフは水平式事務用オフセツト印刷機として従来の事務用オフセツト印刷機と比較し、動物が首を持ち上げているような特異な形態を有し、米国内で販売されているころから、これに対し、「寝そべつている雄牛」という愛称が与えられ、日本国内に輸入販売されるにいたつてからも、第六回、第一二回、第一三回各ビジネスシヨーその他の展示会に出品され、事務雑誌、印刷雑誌新聞等にもマルテイグラフの名称、性能とともにその形態も紹介され、その価額一、三九五、〇〇〇円という高価なものにもかかわらず、昭和三三年一〇月現在で厚生省統計調査局その他の官庁、公社に二〇台、日本銀行本店その他の銀行、保険会社に一〇台、その他の会社、商社、文化団体に三三台、合計六三台が購入されるにいたり、マルテイグラフのことをマルテイリスまたはマルテイ印刷機とも呼称されるようになり、マルテイグラフ用打字器として孔版タイプライタイが現われ、印刷の面では、従来のがり版、オフセツト、活版印刷に対しつマルテイグラフによる印刷についてマルテイク印刷方式という言葉が生じていることが、それぞれ認められ、右認定を左右するに足りる資料はない。右の事実によれば、マルテイグラフは、水平式オフセツト印刷機として、その名称、性能とともにその特異な形態も印刷業界ならびにその需要層の注目を浴びるにいたつたというべきである。しかしながら、すでに認定した事実ならびに成立に争いのない乙八号証、前記検乙二号証、証人垣内成雄(第一回)同浜田喜弘、同大串近四郎、同大和義則、高橋察夫の各証言ならびに被申請会社代表者安藤哲信本人尋問の結果を総合すれば、被申請人の製造販売する新型フアーストプリンターは、その機構、形態において大体マルテイグラフに似ているが、横に長く、高さが低くなつてやや角型状となつた外、その外装もマルテイグラフにくらべ薄緑色の明るい色彩となり、その前側面の中央上方部にFirstPrinter model 1700と製品名を表示した細長いネームプレートがつけられ、前側面右側に、HAMADA First Pvinterと製造者ならびに製品名を表示した丸型のネームプレートが明確につけられ、その販売にあたつては、価額が九五万円という高価なところから、店頭に陳列して売れる商品でなく、セールスマンの売り込みによつても販売にいたるまで半年から一年の日時を要すること(この点は、マルテイグラフについても同様であり、従つて販売数量も多量ではなく、現在までの分は、双方とも一〇〇台内外に過ぎないものと推認される。)かような商品の市場関係から、被申請人は、東京第一商事株式会社と一手販売契約を結び、同会立は売行きに応じて被申請人に註文して製品の納入を受け、これを直接需要者に販売し、いわゆる卸売はなされていないこと、右販売に際しては、セールスマンにおいてマルテイグラフとフアーストプリンターの相違についても説明し、需要者も官庁、公社、商社等の特定層に限られ、需要者が購入するにあたつても、製造元、性能、価額等の点について充分な調査検討を加えたうえで購入されるにいたつており、かつ販売後の責任奉仕(アフターサービス)の約定もあることとて、両者製品の混同を生じた事例もないことがそれぞれ認められ、右認定に反する証人田口嘉の証言部分は直ちに信用できず、他に右認定を覆すに足りる資料はない。以上認定のような事実関係のもとでは、マルテイグラフと新型フアーストプリンターとは、商品の形態のうえでなお類似性があつても、店頭陳列の大衆的商品その他集団的取引の対象になる商品とは異なり慎重な調査検討を伴う個別的取引にのみ親しむ商品である関係上、ただその形態が紛らわしいからということのために、見違えて取引するようなことは、ありえないから、この点からも、申請人の申請の趣旨(2)の申請は理由がない。

もつとも、証人田口嘉の証言により真正に成立したと認められる甲三五号証、同証人ならびに証人波多野元武、同大串近四郎の各証言により真正に成立したと認められる同三六号証に証人田口嘉、同波多野元武の各証言によれば、東京第一商事株式会社で取扱つている、被申請人の製品の広告文書中に申請人の広告文書の図案の一部を利用したもののあることが認められるが、だからといつてこれがその広告方法の差止めを得る理由とはなつても、これを以て被申請人の製品の製造、販売を差止める理由とはならない。

なお証人田口嘉、波多野元武、大和義則の各証言によると、東京第一商事株式会社のセールスマンが、フアーストプリンターの販売にあたり、「マルテイグラフの国産化」または「マルテイグラフの国産品」であるか、「マルテイグラフの輸入は中止になつたとかいう趣旨の説明をした面が窺われないではないが、右は前認定のように、フアーストプリンターの製造動機が、当時のわが国の輸入抑制策のため、マルテイグラフの輸入が制限されたのとマルテイグラフについて工業所有権による禁止がないところから、これを摸倣して国内生産することにあつた由来を説明するための不用意な言葉であると考えられないこともないし、またそうでなくても、その救済は別途にこれを考慮すべきであつて、右事実の故に、被申請人の製造販売を以て本法一条一号に該当するものとして、その差止を求める理由にすることはできない。

七、以上のような次第であるから、申請人の本件申請はいずれも被保全権利の疎明を欠き、かつ保証を以て疎明にかえさせることも相当でないから、爾余の判断をまつまでもなく、失当としてこれを却下することとし申請費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 金田宇佐夫 裁判官 大久保敏雄 裁判官 鍬守正一は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 金田宇佐夫)

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